すべての生物はDNAなどに遺伝情報を持っており、生物の形や振る舞いを決める「プログラム」として機能しています。また、近年飛躍的に発達するバイオテクノロジーの背景には、コンピュータの処理能力の向上や、その上で動作する「プログラム」の多様化があります。
これまでのオープンデイでは、身近な食品に生息する発酵微生物、森の植物・菌類、土壌に含まれる微生物群などについて、顕微鏡やDNA解析を用いて調べてきました。vol.5となる「生物とプログラミング」では、自分たちがこれまでのリサーチで用いてきたソフトウェアを中心に、生物に関連する情報の検索や解析、設計支援をおこなうための方法を紹介します。関連して、山口大学で開発された「パン酵母を用いた遺伝子工学の実験キット」や、生物の遺伝情報の流れを学ぶことができるパズルをご紹介します。
DNAはひも状の二重らせん構造をした物質であり、アデニン(A)・チミン(T)・グアニン(G)・シトシン(C)と名付けられた物質の並びで構成されています。DNAを構成するそれらの物質の並びは、RNAやタンパク質といった、様々な機能を持つ物質の設計図として用いられ、その結果、生き物のかたちや、ふるまいを作り出すプログラムとして機能しています。
パーソナル・コンピュータやインターネットの普及に伴い、個人が日常的にさまざまな情報の編集や共有をできるようになりました。バイオテクノロジー分野で扱われる情報においても、DNAやタンパク質などの並びはその性質上デジタル情報として扱える側面があることも相まって、その解析や設計支援のためのコンピュータ・プログラムが多様化しています。
オックスフォードナノポアテクノロジーズ社のMinIONは既に市販されているポータブル型DNAシーケンサーです。コンピュータにUSBで接続して使用します。ナノポアと呼ばれる微小な孔を持つ特別な膜を使用することでDNAを読み取ります。ポータブルなだけではなく、これまでの技術と比較して、より長くDNAを読み取ることができる他、その場でのリアルタイムの解析を可能にしました。
DNA/RNAなどの塩基配列や、タンパク質のアミノ酸配列などから、類似の配列や機能をデータベースから検索するためのウェブツール。vol.3「森のDNA」では、森で採集した植物や菌類の種を同定するためにこのツールを用いました。
土壌や腸内などに生息する微生物の解析などに用いられるソフトウェア。一つ一つの生物のDNAを調べるのではなく、環境に存在する生物の情報をまとめて解析する「メタゲノム解析」で用いられる。vol.4「ヒトと共生微生物」では、土の中の微生物群を対象にこのソフトウェアを用いてメタゲノム解析を行いました。
プラスミドと呼ばれる環状のDNAは、生物に遺伝子を導入し、機能を付加するために使用することができます。このソフトウェアを使用することでプラスミド内のDNA配列をデザインすることができます。実際にプラスミドの形態で遺伝子導入を行った事例として、山口大学工学部赤田研究室の「パン酵母を利用した組換えDNA実験キット」を紹介しています。
私たちが毎日食べているゴハンやオカズは全て生物由来です。コンピュータを使って生物のもつゲノムを解読し、その機能を調べるにはプログラムを使います。その解析結果は論文やデータベースにまとめられ、活用されています。
地球上には既知の生物が200万種、未知のものは1000万種以上いるといわれていますが、2016年までにゲノムの決まった生物は9000種以上、不完全なものを含めると10万種に及びます。今回はそのなかでも身近な食材でゲノムの決まったものを80種くらい集めてみました。日本人は魚介類や野草なども幅広くいただく食習慣がありますが、お店でよく見かけるお肉や野菜などは多くの食材のゲノムがすでに決まっています。
研究者はこれらのゲノムを解読し、プログラムを使って遺伝子を見つけ、その機能を推定してデータベース化しています。食材の美味しさや含まれる化合物などの栄養素はその生物の遺伝子が作り出したもので、これもデータベースになっています。
古くから行われてきた品種改良も、実は生物をプログラミングすることそのものです。より病害に強く安全で美味しい作物の育種においても、微生物を活用した発酵食品の開発においても、ゲノムの情報によってより理解が深まってきています。
ヒトは長い時間をかけ、気候変動や病害に強く、美味しく、栄養価の高い生物を品種改良によって選んできました。良い特徴を持つ品種だけを選んで掛け合わせることで、自然に家畜や野菜のゲノムをプログラミングしてきたのです。また微生物の発酵などを利用して、食材の組み合わせから味噌や酒などを生み出す文化もプログラミングといえます。
しかし、これらの営みは時間のかかる無数の試行錯誤の結果でもあり、うまくいくかどうかは偶然に左右されてきました。21世紀になり、ゲノムから遺伝子の機能を調べられるようになった今、もっと積極的に生物をデザインすることができるようになってきています。
いもち病は日本のイネの主要な病害の一つです。陸稲(おかぼ)品種はいもち病に強い遺伝子(pi21)を持っていることが知られていました。しかし、従来の品種改良でpi21を導入すると、イネの味が悪くなる問題がありました。ゲノム情報を活用することによって、pi21と味を落とす遺伝子の染色体上での位置関係を明らかにし、この問題を解決した良食味といもち病耐性を兼ね備えた新しい品種(ともほなみ)を育成することができました。
http://www.nias.affrc.go.jp/seika/nias/h21/nias02101.htm紫黒米品種の黒米形質(お米が黒くなる性質)のメカニズムが、Kala4(カーラ4)遺伝子の変異であることを特定しました。Kala4遺伝子は、イネのさまざまな場所で働き、米粒ではアントシアニンをつくるための複数の遺伝子を働かせることが分かりました。紫黒米の起源は、イネが栽培化された後、熱帯ジャポニカ種で起こった突然変異であることが分かりました。Kala4遺伝子のお米を黒くするために必要な制御配列(約5,000塩基対)のみを、白いお米の品種に導入することで、既存の品種を紫黒米にすることが可能になります。
http://www.nias.affrc.go.jp/press/2015/20150914/現在、西洋種の遺伝的影響を受けていない日本在来牛は、鹿児島県トカラ列島の「口之島」に生息する口之島牛と山口県萩市の離島「見島」で飼育されている見島牛の2品種を残すだけとなっています。見島牛の最大の特徴は、筋肉繊維間に脂肪交雑を生じる「霜降り肉」の形質を持つことにあります。8頭の見島牛ゲノムから平均733×104個のSNPを特定しました。見島牛に固有なnsSNPを特定するため、口之島牛と共通するnsSNPを除外しました。その結果、見島牛に固有な452個のnsSNPと、それらを保有する331遺伝子を突き止めました。これら遺伝子の中には、見島牛が持つ「霜降り肉」を特徴付ける遺伝子が含まれている可能性があります。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/18/4/18_4_58/_pdf
ゲノム弁当:
- ライフサイエンス統合データベースセンター(DBCLS)
- 国際開発者会議バイオハッカソン
- 津田多江子(YAMA KITCHEN)
- 中谷敦子(CHEERS!)
パン酵母を利用した遺伝子工学実験キット:
- 山口大学工学部ゲノム生命機能工学研究室
セントラルドグマ・ゲーム:
- Georg Tremmel (BCL)
- 西原由実(ファブラボ鎌倉)